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高校生におすすめ!

遠回りも無駄を楽しむことも、いまだからこそ大事にしたい。─ naoさん(作曲家・音楽プロデューサー)【連載・夢中人 Vol.7】

遠回りも無駄を楽しむことも、いまだからこそ大事にしたい。─ naoさん(作曲家・音楽プロデューサー)【連載・夢中人 Vol.7】
今回の「夢中人」は、作曲家・音楽プロデューサーとして活躍しているnao(菅原 直洋)さんです。2003年に渋谷で路上ライブで活動していた川嶋あいさんと「I WiSH」を結成し、デビュー曲「明日への扉」でメジャーデビュー。2週連続でオリコン1位を獲得する大ヒット、一躍社会現象を巻き起こしました。その後、楽曲制作、新人アーティストの発掘・プロデュースだけでなく、音楽を軸としたエンターテイメント全般に関わる事業へと活躍の幅を広げています。「子どもの頃から音楽に夢中で、その積み重ねが活きているんです」と話すnaoさんに、これまでの活動の軌跡やターニングポイント、現代のデジタル社会に生きる若者へのアドバイスを伺いました。

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とにかく音楽が好きだった

5歳くらいの頃からピアノを習っていました。クラシックを弾くより、子ども向けの曲やアニメのオープニング曲などで聞いた曲を、ピアノで再現するのが好きでした。いわゆる「耳コピ」ですね。最初はメロディーだけを追っていたのが、徐々に「このメロディーにはどういう伴奏がつくのかな」なんて考えるようになったんです。まだ音楽のコードなんて全然知らないながらも、和音を当てはめてメジャーやマイナーの響きを感覚的に身に付けていきました。とにかく音楽が好きだったので、クラシックから歌謡曲、J-POPまでさまざまな曲を聞いては、自分なりに分析して弾くことに夢中になっていましたね。

音楽の分析に明け暮れた中高時代 

中学3年の頃に、親に頼み込んでシンセサイザーを買ってもらいました。1台でピアノ・サックス・ギター・ベース・ドラムなど、いろいろな音を組み合わせて曲をつくれて録音までできるんですよ。シンセサイザーを買ってもらってからは、曲だけでなく、音の解析もするようになりました。高校時代は、学校から帰ったら食事以外ずっと音楽にのめり込む日々でした。曲を聞いては自分で音を作り、録音を重ねて再現していくんです。気付いたら夜が明けていたこともありました。本当に楽しかったです。学校帰りに池袋とかをブラつくこともあったんですが、そこでも街に流れている音楽を聞いて、どんな曲調が流行っているのかを自分の中で分析していましたね。J-POPだけでなく、ブラックミュージックやジャズなども聞いて、家に帰ったらそれを自分で再現する。そんなことをずっと続けていました。

プチ挫折がターニングポイントに

高2ぐらいの時から、少しずつオリジナル楽曲も作り始めていました。いちど腕試しのつもりでヤマハのコンテストに応募してみたら、グランプリを受賞したんです。そこから、ますます音楽に没頭していき、デモテープを作ってレコード会社に送るようになりました。すると、ある大手レコード会社から声をかけてもらい、いろいろな曲を作っては聞いてもらうことを繰り返したのですが、なかなか採用されませんでした。コンテストでグランプリを取ったものの、現実は厳しかったです。プチ挫折でした。でも、この経験がきっかけで「曲が採用されないなら、自分でアーティストを発掘して、楽曲も含めたパッケージを作り、皆を巻き込んで、広めていけばいいんじゃないか」という考え方に変わったんです。まさにターニングポイントでしたね。

自分の音楽を、自分の仕組みで広める

当時大学生だった僕は、インカレサークルを立ち上げて、いろいろな学校の学生と一緒になって、「アーティストを発掘しよう」ということにしたんです。そのときに出会ったのが、渋谷で路上ライブをやっていた、当時15歳だった川嶋あい*です。

*川嶋 あい(かわしま・あい):福岡県出身のシンガーソングライター。歌手になることを目指し、2002年から始めた路上ライブ活動を開始。2005年に「路上ライブ1,000回」を達成、「路上の天使」と呼ばれた。2003年、ai名義で「I WiSH」のボーカルとしてメジャーデビュー。透明感のある声は「天使の歌声」と称される。⇒オフィシャルサイト

彼女の澄んだ声が印象的で、その声を聞いて、「この子をもっと売りたい!」と強く思ったんです。それからサークルのみんなでビラを配ったり、自主制作のCDを手売りしたりしました。でも最初はなかなか聞いてくれる人はいませんでした。ところが、何人かの友達に頼んで路上ライブを聞きに来てもらったら、足を止めてくれる人が増えてきたんです。観客が10人くらいいると、人がだんだん集まってくるんです。それ以来、みんなで場を作り上げる楽しさや喜びを知りましたね。その勢いで、川嶋あいをプロデュースする会社まで設立してしまいました。

渋谷駅前で路上ライブをする川嶋あいさん(写真提供:nao)

デビュー曲でオリコン1位を獲得。その後、待っていたのは虚無感だった

「渋谷で三つ編みしているセーラー服の女子高生が、ピアノの弾き語りをしている」と話題になりはじめ、最初は数枚しか売れなかったCDも、1日に100枚ほど売れるようになりました。
そのさなか、当時人気の恋愛バラエティ番組だった「あいのり」のプロデューサーの目に留まったんです。「『あいのり』主題歌用の歌詞を書き下ろしてくれないか」と。それがきっかけで、2003年2月に川嶋あい(ai名義)との二人ユニット「I WiSH」として『明日への扉』という曲でデビューし、番組の主題歌に起用されました。僕が22歳のときです。

*フジテレビ系列で1999年~2009年まで放送されていた恋愛バラエティ番組。男女7人が、「ラブワゴン」と呼ばれる自動車に乗って、様々な国を旅する中で繰り広げられる恋愛模様を追う番組。「明日への扉」は、2002年10月から1年間、同番組の主題歌として起用された。

2003年12月3日、ZEPP TOKYOで行われたI WiSH初ライブ(写真提供:nao)

『明日への扉』はオリコンで2週連続で1位を取りました。様々なメディアで取り上げられ、彼女の歌声が日本中に響き渡りました。一気にスターダムを駆け上がり、目の前の世界が大きく広がりました。当時僕は、いつか自分の曲でオリコン1位を取りたい、という目標を持っていました。それがデビュー曲で叶ってしまったんです。それゆえか、突然、虚無感に襲われてしまったんです。次に目標とするものが分からなくなってしまったんですね。

*「明日への扉」シングルは2003年2月14日にリリース。2003年3月3日、3月10日付オリコンチャートで2週連続の1位を記録した。当時、デビューシングルで2週連続オリコン1位を記録したのは、KinKi Kids「硝子の少年」以来、6年ぶりの快挙だった。

「自分のため」から「誰かに喜んでもらえるため」の音楽作りへ

その虚無感から抜け出せたのは、I WiSHの曲を聞いてくれた人からの言葉でした。

「この曲を聞いて元気になった」「この曲を聴いて彼女にプロポーズしました」「不登校だった子どもが、学校に行けるようになった」など、たくさんの声を頂いたんです。それまで僕は、自分のために曲を作っていました。川嶋あいを売り出したいという思いも、自分の目標で、自分のためでした。でも、曲を聞いてくれた人が抱いてくれた思いを知って、今まで独りよがりだったのかもしれない、と気付けたんです。そこに気付いてからは、「曲を聞いてくれる人やアーティストのために喜んでもらえるものを作りたい」という気持ちに変わりました。自分が人前に出るのではなく、プロデューサーの立場をメインにしていこうと思うようになったんです。

高校でコンテストのグランプリを取り、大学でレコード会社に出入りしたのに、なかなか形にならず、悔しい思いもしました。でも、そこで考え方を変え、手探りながら始めたことが今につながっています。自分では、学生の頃に抱いていた夢や思いを膨らませながら20年やってきただけですが、学生時代がむしゃらに頑張って良かったなと思います。売れるまでは「まだまだだね」と言われることもありましたが、自分では、絶対にいける!と信じていました。もし周りから酷評されたとしても、自分の信念で突き進むことが、大事だと思います。

時代とともに、クリエイターの意識も変わることが必要

「明日への扉」から20年経った現在は、作曲やアーティストのプロデュースだけではなく、様々な業界と音楽をかけ合わせたエンターテイメントの企画・制作などにも携わっています。その間に音楽の楽しみ方も、時代と共に変わってきました。

以前はまずCDを買いにレコードショップに足を運ぶワクワク感が始まっていたけれど、今はスマホで聞きたいときにすぐ音楽が聞けますよね。当時に比べるとワクワク感を感じる時間が減ってしまったかもしれません。でもそれが今の時代の楽しみ方です。そういう変化の中で、クリエイター側の意識も変わって行かなければなりません。ただ音楽を作るのではなく、ライブのように、そこでしか聞けない機会や、その場でしか味わえない体験などに価値を見いだし、リスナーと一体感を持てるような、エキサイティングなものを生み出していくことが大事なのかなと思います。

いかに「無駄」を楽しむか、が大事

最近は合理性が重視され、「コスパ(コストパフォーマンス)」「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉をよく聞くようになりました。ただ、その分本質的なものがどんどん薄れてきているように感じます。本質的なものには「無駄」が多いんですが、僕はどんどん無駄なことをした方がいいと思っています。例えば、人と会ってくだらない話をするのを、無駄だと感じる人もいるかもしれません。でもそこに人間らしさや人生に関するいろいろなヒントが隠れていることがあります。

AI(人工知能)が進化していろいろなことがデジタル化しているけれど、人間にはもっとアナログな付き合いが必要だと思います。ただ、デジタル化が全て悪いとは思いません。デジタルをうまく使うことが大事だと思います。例えば機械に任せられるところは全部任せて、浮いた時間を音楽などのエンターテイメントも含めた、アナログな楽しみに使ったらいいんじゃないでしょうか。そういう「無駄な面白さ」を知ることで人間的な深みや感情が育っていくと思います。若い頃に何かに没頭して夢中になれるのは素晴らしいことです。便利で手軽なものを求めるだけではなく、遠回りになったとしても夢中になれるものを見つけて、深掘りしていってほしいですね。

プロフィール

nao/本名・菅原 直洋(すがわら・なおひろ)

nao/本名・菅原 直洋(すがわら・なおひろ)
作曲家・音楽プロデューサー/株式会社ピースボイスエンターテイメント 代表取締役

1980年、東京都生まれ。5歳からピアノを始め、オリジナルの楽曲作りを始める。17歳でヤマハ主催のコンテスト作曲部門でのグランプリ獲得ほか、多数の作曲コンテストを受賞。2003年、川嶋 あい(ai 名義)とのユニット「I WiSH」として、ソニーミュージックエンタテインメントよりアーティストデビュー。デビュー曲「明日への扉」がテレビ番組「あいのり」の主題歌に抜擢され、ミリオンセラーとなる。2004年、ゴールドディスク新人賞と楽曲賞をダブル受賞。その後は作曲家、編曲家、サウンドプロデューサーとして活動し、セリーヌディオンのコンセプトアルバム、ディズニー映画「ボルト」のエンディングテーマなどを手掛ける。プロデューサーとして、シンガーソングライターのericaを発掘、育成。新人開発にも積極的に取り組んでいる。2022年より官民連携事業研究所の広報戦略アンバサダーに就任する他、情報経営イノベーション専門職大学の超客員教授も務める。

(取材・撮影/西 泰宏 文/白根理恵 編集/Totty)

ライター
ドーミーラボ編集部

「夢中になれる学生生活」を探求するウエブマガジンです。進学や進路のあり方、充実した学生生活をおくるために実践できる知恵やヒントを発信していきます。