「ここは小さな社会、あなたは大人」― 神山まるごと高専・松坂事務局長が語る“自治”の教育に迫る。【神山まるごと高専×ドーミーラボ】

そう語るのは、徳島の山間部、神山町に2023年に誕生した「神山まるごと高専」の事務局長・松坂さんだ。
「ここは小さな社会、あなたは大人」——これは同校の学生たちに贈られる言葉である。自治寮を舞台に、学生がゼロからルールを作り、失敗と試行錯誤を繰り返しながら社会をつくる実験が進んでいる。
今回は、学校の”カルチャー”づくりを牽引する開校前に神山町に家族で移住し、現場を0から創り上げてきた松坂さんに、“自治”の教育が持つ可能性について話を聞いた。
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授業外の経験が人を育てる
「振り返ると、人生を形づくった原体験は教室の外にあります」神山まるごと高専の事務局長・松坂さんはそう語ります。
授業やカリキュラムだけでは得られない“人間形成”の時間をどうデザインするか。
神山まるごと高専では、その答えとして「カルチャー」という概念を掲げています。課外活動、寮での生活、地域との関わり――そうした“授業外”のすべてを意図的に設計し、学生たちが自ら社会をつくり出す場にしているのです。
「キーとなるのは『ここは小さな社会、あなたは大人』という言葉です。学校という枠を超え、学生一人ひとりを”小さな社会”の構成員として扱い、責任を伴う生活の中で学びを深めています」
松坂さんのこの言葉が示すように、神山まるごと高専では従来の学校の概念を大きく変える取り組みが行われています。
寮長なしからスタートした自治への挑戦
神山まるごと高専の「カルチャー」を醸成する一つの象徴的な制度が、全寮制であり、自治寮という仕組みです。
「私たちは『自治寮を目指す』と宣言しました。最初の40人で始まった学生たちの試みは、まさに『小さな社会』をゼロからつくる実験場でした」
当初は寮長もいない状態からスタートしました。学生たちは自ずとルールづくりを始め、議論を重ねてきたといいます。
「完成形はありません。未完成だからこそ、声を上げれば変えられるという『余白』こそが大事なんです」
開校後の1年半後に、初めて寮長ポジションが誕生しました。その後は学生たちの手で自治組織のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)が策定されるなど、自治が、いま動き出しています。

モノづくりで社会を変える
神山まるごと高専の学生たちは「言葉ではなく、モノから始める議論」を重視します。
ある日、学生から「点呼をもっと効率化できないか?」という声が上がりました。通常であれば“改善提案”として議論される内容ですが、神山まるごと高専では違います。
「言葉ではなく“点呼アプリ”を自分たちで作って持ってきたんです。モノが置かれることで議論が一気に前に進む。これがうちの学校らしいところです。」
さらに、共同生活で課題になりがちな“洗濯機の入れっぱなし問題”を解決するために、洗濯機と連動した通知アプリを開発。空き状況も確認できる仕組みは、学生たちが自ら作り上げた“小さな社会のインフラ”になっています。
大人は“応援者”
自治寮の運営で重要になるのは、大人の関わり方です。
「私たちは基本的に“見守る”立場。安全・健康・衛生というボトムラインだけは守りますが、それ以外は学生たちの判断に委ねます。指導者ではなく“応援者”であることを意識しています。」
失敗しそうな場面でも、あえて介入しない。転んでも立ち直れるという信頼があるからこそ、学生たちは責任を持って決断し、挑戦することができます。

神山町という舞台が生む学び
なぜ神山町なのか?
「この町は“挑戦を応援する風土”がある。地方創生の文脈で新しい試みに寛容で、学生たちがやりたいことを受け止めてくれる環境です。」
学生たちは、神山町役場と連携して防災アプリを開発したり、町に分散して置かれている本の中から自分の読みたい本がどこで読めるかを簡単に探せるアプリをつくったりと、テクノロジーと地域が交わる取り組みを次々に生み出しています。自然とテクノロジーが融合するこの土地だからこそ、実践を通した学びの幅が広がっています。
失敗から学ぶ“ベータメンタリティ”
「多くのルールは“失敗を避けるため”に作られます。でも失敗を取り除きすぎると、立ち直る力が育たない。」
神山まるごと高専では、完璧を求めるのではなく、挑戦と試行錯誤を重ねながらより良いものを生み出していく=“βメンタリティ”を大切にしています。
「社会に出ても諦めない人を育てたい。そのためには、失敗から学ぶ経験が欠かせません。」
小さな社会から大きな社会へ

最後に松坂さんはこう語ります。
「この学校での経験が、将来どこかで“原体験”としてつながってほしい。小さな社会を変える経験が、大きな社会を動かす力になると信じています。」
神山まるごと高専の自治寮は、単なる住まいではなく、学生たちが社会をつくり出す“実験場”。ここでの学びは、これからの時代を切り拓く人材を育てる種になっています。
プロフィール
松坂孝紀|神山まるごと高専 事務局長
東京都生まれ。東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社に入社。マーケティング、人事、経営企画などを担当した後、2017年に子会社として人事コンサルティング会社を起業。自社の経営を行いながら、コンサルタントとしても活動し、企業や地方自治体の人づくり・組織づくりプロジェクトを多数推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに参画。学校教育に新風を吹かせるべく、経営メンバーとして学校づくりに邁進中。
編集後記
松坂さんのお話からは、「良い学校を自分たちで形にしていく」という精神が強く伝わってきました。
理想を語るだけでなく、試行錯誤や仲間との協力、時に衝突までも糧にしていく。その姿勢こそ「まるごと」の意味なのだと思います。
互いに失敗を肯定し、応援し合える環境は、現代社会にこそ必要なものかもしれません。羨ましさすら感じる学びの場でした。
次回は、この自治寮をゼロから築いてきた学生たちにインタビュー。ルールづくりのリアルな試行錯誤や、「小さな社会」をつくる中で見えてきたものをお届けします。




